Hello New Me

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「カウントダウン?」

素っ頓狂な声を出してたのは、あたしだった。エステルからのメール。傍に居たおっさんが、「何?」なんて言いながら、なんか反応してるけど、ちょっと、携帯覗きこまないでよ。油断も隙ないんだから。

冬休みに入っての12月も今日が終わりなんて日。相も変わらずおっさんちに入り浸ってるっていう訳じゃなく、今日はあたしの家におっさんがいる。冬休みの初め、クリスマスイブの日からずっとっていうほどじゃないけど、来る頻度は増えていのよね。それもその筈。おっさん、知らない間に車買ってたんだもの。
それだって、イブの夜、もう深夜だっていうのにおっさんいきなり言い出すんだもの。
あたしは、妙に大人っぽいニットのワンピース姿。おっさんも珍しくスーツ姿。そんな中でお鍋でクリスマスパーティっていうのも変な感じだったけれど、おっさんは、あたしが作った鯖味噌、何のことはない、甘いものが苦手なおっさんだから、急遽、ケーキの代わりっていう代物だったけど、美味しいって言いながら食べてくれたし。あたしとしては大満足だった。まあ、親友やら保健の先生からは、とんでもないプレゼントのおまけつきだったけれど。
そんな、あたしを尻目におっさんはもうコートを着ていた。戸惑うあたしに、ほらと手を差し出して来る。

「ちょっとデートしない?折角、綺麗な格好してるんだから、夜景でも見に行こうか」
「だって、もうこんな時間よ?電車だって」
「いいの。俺と一緒にきてよ」

なんて、マンションの玄関先でまってたら、どこからともなくやってきたエンジン音にあたしが吃驚したのも当然。車を運転してたのはおっさんだもの。そして、運転席から降りたと思えば、「リタっち、びっくりさせようと思ってさ、では、こちらへ。リタ・モルディオ嬢」なんて言って、助手席のドア開けては、ちょっと気障な台詞まで言ってのける始末。
連れて行かれたのは、空港が見える場所なのよね。
ほぼ二十四時間、動いている。空に消える飛行機の軌跡を見送りながら、寒い中、ずっと空を見上げていた。それも、おっさんに抱き締められていた。
肩越しに寒がりなくせに、あたしを抱きしめては、そっと囁いて来るんだもの。それこそ、甘い言葉なんて聞き慣れていない、あたしだけど。あの時だけは、それも悪くないって腰に廻された手を重ね合わせていたのよ。

──リタ、愛してる。

そっと囁かれた言葉。そして、おっさんらしくない言葉使いと低い声。

そんなことするなんて、と思っていたら、なんだか一人の女の子として扱われているようだったし、思い出すだけでも恥ずかしじゃない。



って、おっさん放置していたわ。
台所で年越しのお蕎麦を茹でていた、おっさんがあたしの声に勘付いたから、近寄ってたのよね。しかし、ほんと、どうしてこうもエプロン姿が似合うのかしら。しかも、持参までしてくるんだもの。

「あーあの、カウントダウンの花火大会?」
「うん。港の」
「ふーん……」

何だかつまんなさそうな顔してるけど、どうしたのかしら。カウントダウンの花火大会って、そう、この辺りでは有名なのよね。毎年、エステル達は行っている。1年の時から、あたし達何故か巻き込まれて誘いを受けていたけれど、今年は、そのね。お互いに色々忙しいから、お誘いは無いと思っていたけれど、あの子、こういうことだけは気を廻して来るっていうのか。律儀なのよね。
ユーリと二人で行けばいいのに、どうせ、また、あたし達だしにして別行動になるのは毎年のことだったもの。
油断してたら、おっさんは、あたしの携帯の画面、覗き込もうとしてる。

「何、嬢ちゃんから?」
「だ、か、ら、見るな」
「ケチー」

ちぇとか、口を尖らすなっていうの。ったく、可愛くもなんともないんだから。でも、そんな表情がつい嬉しくなってくる。一歩、外に出るっていうのか、世間一般からしてみれば先生と生徒だから、あたし達の関係。部活時間だって、授業中だって、こうして、ふざけることは多いけれど、何だか、そんな表情の時と、あたしとこうしている時ってちょっとだけ違ってるように思える。上手く説明が出来ないけれど、本心から気を許しているんだなって、勘っていうのか、そんな感じ。

「見るな。プライバシーの侵害。あっち、行け」
「ひっどっ。それが彼氏に言うことかね」
「か、か、彼氏ってね」

突然言うな。もう。あたし、顔真っ赤じゃない。

「はい、はい。じゃあ、まだ作りかけているから、その間に返信しとく?」
「……うん」
「どったの?」

立ち上がりかけたおっさんは、また、椅子に座りなおして、あたしを見つめてた。ちょっとだけ、言い澱んでた。そんな隙間を見逃さない辺りは素早いっていうのか、何ていうのか。迷っている訳じゃないのよね。今年も多分行くと思うの。でも、その前に確認させてよ。だって、メールにだってね。

「おっさんは行かないの?」
「へ?」
「そんな間抜けな顔する事ないじゃない。そ、その……か、彼氏なんだから」

あたしも恥かしげもなく言ってしまったけど、おっさんもあたしが言うと思って無かったみたいで、少し顔を赤らめてる。自分で言っておきながらだけど、おっさんも自爆してるような気がするんだけど。目を逸らしては、無精ひげを引っ掻いている。

「あ、いや。その、嬢ちゃんから……ああ、俺も?」
「そ、そうよ……」

二人して無言。お互いに顔を見つめあっていたけど、何故か、笑いだしている。ぷっ、と噴出したのは、あたしもおっさんもほぼ同時。
最近、こんな事が増えてきた。ちょっとした時なんだけど、おっさんと目があったりして、ふとした瞬間、笑いあってる。自然に、笑顔になることが多くなってきている。

「なんて書いてあるんだか……ほんとに嬢ちゃんも、ね」

困ったような、でも、緩んだ笑顔。こういう時のおっさんの顔、嫌いじゃない。随分、そういう表情を見ることが多くなってきたなって最近思うの。色んな秘密だとか、抱えていた過去だとか、知るうちに、おっさんの本心からの笑顔っていうのが、とても大切に思えてくる。でも、それはあたしも、だった。

「……読みたい?」

意地悪っぽく、そう言えば、おっさん、ちょっとばかり考えてた。

「やっぱり、やめとく……何、書かれているかたまったもんじゃないわ」
「……『彼氏と一緒に』ってよ」

そういった途端、あたしは声をだして笑ってた。おっさんもつられたみたいで、笑っている。そうよね、今までのあたしなら、真っ赤になって怒っていたの。恥かしいなんていう気持ちが一杯になってたから。でも、そんな言葉すら笑ってるんだもの。変わっていってるのね、と自分で思うの。
こういうゆとりみたいな気持ち、今まで感じた事がなかった。

「いきなり、俺様の顔見て何で笑うのよ」
「だって、おっさんの方こそ先じゃない」
「リタっちでしょうが」
「おっさんだって」

一頻り笑った後、ほっとしたかのような気持ちになる。こんな毎日が来るなんてね。本当に思いもしなかったの。大切で、輝く様な毎日。

涙を指先で抑えながら笑っていたあたしにおっさんは、何か言いかけたけれど、お鍋の噴きこぼれの音に気が付いて慌ててキッチンに戻っていた。
何だか不思議な光景だけど、そっと後をついていっては、おっさんの横にぴったり寄り添って見てた。

「……なに?」
「何でもないの」

くすくすと笑っては見上げていた。無精ひげの残る浅黒い肌。結えている長い髪に、前髪から覗く同じ色の瞳が、優しげにあたしを見つめ返してくれてる。ほんとに本当に大切な人になってる。口では、おっさん、なんて言うけど密かにカッコイイなって思うのよ。これだけは、まだ、恥かしくて言えないけれど。今日だって、あたしがあげたクリスマスプレゼントのセーター着てくれてた。大晦日ぐらいに着て欲しいなとか思っていたら、あたしの気持ちに気が付いていたみたい。似合うかなって選んでいた時、悩んで悩み抜いていけれど、黒いざっくりとしたセーター、シンプルだけど、それなりにおっさんに似合ってたと思うの。

「じゃあ、ちょっと離れてなさいよ。危ないわよ?」
「うん」

そういっては、少しだけその手さばきを見る振りをして横顔を見つめていた。

色んな過去があって、今こうしてる不思議な縁っていうのかしら。おっさんもあたしも決して、幸せだったとは言い切れない過去がある。あたしよりもおっさんは、生きてる時間が長い分だけ、いろんな経験もあったと思うけれど、一番に大切にしていた人を失ってから、あたしは、両親が相次いで亡くなってからっていうもの、モノクロの世界に生きていたみたいなものだった。
それがこうして今、何気ない会話をしながら、見つめる先に、すぐ触れられる距離に居ること自体が、奇跡なんだろうな、って思わされて来る。

もし、おっさんの最愛だった人を失った時、おっさん自身も意識が戻らなかったら。
もし、両親が相次いで亡くならずに、あたしが、前の学校から転校なんてしなかったら。

色々な、もし、なんて違う説ばかりが浮かんでくるけれど、何故か、それでもきっとこうして出会っていたと思う。それだって、何万分、ううん、何億分もの奇跡なんだって改めて強く思わされて来る。

シンクに流しているお湯がもうもうと湯気を立てている。そんな中に見えるおっさんの横顔っていうのは、なんだか色付き始めた春のようにも思えた。
冷たい凍えそうな鉛色の世界に居た、あたし達。それが、こうして冬が終わって淡い芽吹きに彩られる世界に居るなんてね。

「ほんと、不思議」

ぽつり、そんな言葉が零れおちる。

「何が、不思議なの?」
「聞いてたのね!」
「聞こえたの。こんな近くに居るのに、聞こえるの当たり前でしょ」

自分の世界に浸っていたみたいで、何気なく言ってた言葉。おっさんに聞かれてた。恥かしいじゃない。でも、何となくだけどたずねてみたくなっていた。
こんな意地っ張りで、減らず口だけは一人前、しかも、二十歳も年齢差があって、おっさんの好みから言えば180度は違うあたしが、こうして、隣に居ること。
今年最後ぐらいだから、良いわよね。

「ねえ。おっさん」
「なーに。あ、そこの袋から薬味、」
「幸せ?」
「……はい?」

お蕎麦が出来上がりつつある中、おっさんはあたしがまた突拍子もないことを言いだしたせいで動きが止まってる。ざるにいれたお蕎麦をもったまま呆然として立ち尽くしてる。そんな姿もおかしいけれど、何故か、あたしは真剣だった。

「な、何言い出すのよ?」
「ちょっとね、思ったから」

小首を傾げて、何となくね。そんな風に伝えていた。
そんなあたしは、おっさんにどう映っているんだろう。
怪訝そうに、あたしの顔を見つめていたけれど、何だ、そんな事なの?って軽く流されるっていうと変だけど、至極、当然のように告げている。

「……そりゃ、幸せに決まってるでしょ。何を言いだすんだか、ほら、器出してよ。そこの袋からも薬味取ってよ」
「はいはい」
「はい、は一回でいいの」

今までのあたしなら、真剣に言ってよとか、ふざけんなって怒ってたかもしれないけど、何だか、そんな当然でしょなんていう感じでさらりと言われて嬉しかったから、慌てておっさんの言うとおりに食器棚から器を取り出していた。

あたしが変わったんじゃないく、おっさんに変えられたのかな。でも、あたしだって何時までも子供扱いされるだけの存在じゃないのかもね。少しは、おっさんの中に住みついてるのかもしれない。

何気ない、毎日がこんなにも大切。だから、ずっと、こんな生活が続きますようにって願っている。もう3カ月もしたら高校も卒業しちゃうし、毎日、それこそ四六時中一緒に居られる訳じゃないけれど、それだって、楽しみになっている。

新しい生活が始まるからじゃないけど、新しくなっていくあたしがそこに居るようだった。




「で、嬢ちゃん達と一緒に行く?」

蕎麦を食べ終えて、時間を見れば、まだ余裕もある時間だった。片付けを終えてリビングに戻れば、リタっちはソファで携帯を眺めながら、まだ、考えているっていう感じ。夕方、嬢ちゃんからのカウントダウンの花火大会に誘われてから、どうしようかって悩んでいた。

「……また、別行動させられるだけなんだもの」
「まあ、そういや、そうだったわ。あいつら俺を保護者代わりにしては、大抵、花火が終わってのこのこ出てくるんだもん」

それもその筈だよね。嬢ちゃんと青年はデートにしけこむだけ。まあ、それも分かってる。ただ、俺達と言えば、まあ、そのなんていうのかお互いにその想いを隠しながら、過ごしてきた二年間だけに、気まずさを覚えながら、その瞬間を迎えていた。2年前だって、それでしてやられたと思うし、去年もじゃない。

「……でも、今年はちょっと特別だから行きたいかも」
「特別?」
「別に、あたし達隠さないでも良いでしょ。エステル達なら」
「……でしたね」

リタっちにココアを淹れたカップを渡しながら、俺もリタっちの座る隣に腰かけていた。携帯を眺めながら、必死にどうしようかって悩んでるリタっちの横顔。ほんと少しずつだけど大人の階段を上りつつある。

ほんと、この一年、このちっこい女の子に振り回されたと思う。それこそ、その想いに気が付いてから、何度、否定しては考えないようにって思っていたのに。後ろ向きなとこは変わんないのよね。しかも、こんな年齢になると失う物の代償ってなのが、大きすぎるのよ。喪失感だけじゃなく、色々な立場とか。だって、リタっち。生徒なんだもの。俺が通う学園の、天才なんて呼ばれる女の子。しかも、俺といえば現役の教師。
教師と生徒がこうして個人的に会う関係だなんて、残り僅かだとはいえ結構危険な橋渡っているけれど、それが、色んな障害を乗り越えてこうして隣にいる奇跡に感謝。
まあ、本来なら後三カ月待ってから俺から言うつもりだったけれど、少しばかり前倒しになっていた。

そういえば、さっき、俺に幸せ?なんて聞いて来たんだよね。さらり、とそんな風に聞かれたから、驚きもしたけれど。俺の方が幸せって聞きたいぐらいなのにさ。

リタっちが幸せだから、俺も幸せなんだけどね。
こういう考えってなのも、まだ、慣れてないんだろうな。誰かが隣に居て、視線が合えば笑っているっていうのか、自然と緩んでくるんだもの。からかってわざと怒る顔を見てたり、意地悪な事を言っては、拗ねる顔だって散々見てきたけれど、それだって、どこかで俺がそういう表情を見せられることで、生きてるんだな、なんて大げさだけど思いたかったんだよ。何よりも、その表情一つ、一つを俺の者だけにしておきたいって願うようになってから、随分と貪欲になってきている。

リタっちから聞かされた過去。俺が、リタっちに語った過去。お互いに、そんなに恵まれていると言いきれない。そりゃリタっちが背負ってきた過去に比べたら、俺は、なんて、不幸の分量を測れば、もっと不幸せな人間だって多いかもしれない。ただ、俺達は失う物が多過ぎたせいで、何か、欲張りになれないでいた。特に俺なんてね。いつまでも過去の人の面影が消えずに、適当にその場凌ぎな恋愛だとか、ふざけた半生だったと思う。

それを変えたのがリタっちだった。

小さな赤い華みたいに、ぽつりとその時が来るまで咲くことを忘れたかのような硬い蕾。凍えそうな冬をそうしてじっと耐えて、白い世界に一輪だけ咲こうとしている。暖かな日差しを浴びれば、あっという間に綺麗な華を咲かせるだろう。誰もも気が付かれずにしていても、その鮮やかさや香りを誰かが見つけて、惹きつけてくる。だから、そうなる前に俺が手折るなんてもんじゃないけれど、そっと、この手のひらの中で大事にしていきたいって思わされていた。

時々、陽に当てながら、水だとか、色んなものを与えながら。

それだって、随分と思いあがったものだけど、何時の間にか逆転していた。年齢差があるから、そう思っていたのに、すくすくと育つ華は、あっという間に華開いて、俺の中で、その周囲を明るく照らしてくれているんだもの。それこそ、色の無かった俺の世界の中を一瞬で鮮やかな世界に染め抜いていた。
目隠ししていた訳じゃない。昔からあった世界の色なのに、俺はそれを自分自身で白黒の世界にしていただけ。そんなフィルターを取り除いたのはリタっち。だから、リタっちの存在が、リタっちが幸せだから、俺も、そうなんよ。

「やっぱり、行く?」

ぼんやりと考え込んでたら、俺を覗き込む同じ色の瞳。どうせ、もう行くって嬢ちゃんにはメールしたんでしょ。決定事項なのは、分かってんのよ。

「行きたいんでしょ?リタっちが」
「おっさんが行きたそうにしてるんだもの」
「……はいはい。じゃあ、そういうことにしておきますか」

俺が寒がりなんてお構いなし。でも、こういうとこは変わんないか。だから、思わず笑みが零れる。

「早くしてよね。11時半には待ち合わせだから」

ほら、少しだけ頬を染めて言う辺り、変わってない。




「レイヴン先生、リタ!」
「エステル」

嬢ちゃんとリタっちは、二人して、まあ、きゃっきゃ騒いでる。何だかんだでお祭り騒ぎ好きなのよね、この女の子達。それも当然か、俺以外っていうのか、そんなカップルばっかりだからさ。おっさん、別の意味で目立ちそうなんですけど。そして、嬢ちゃんの隣には青年が立って、よお、なんて片手を上げてるけど、お互いに我儘な彼女持つと苦労するわね、と存外ににおわしていたら、青年も苦笑い。お互いに、まあ、彼女優先してあげようよ。

「おっさん、あたしエステルと何か買ってくるから」
「はいよ。嬢ちゃんも気をつけてね。俺達ここに居るわ」

そんな二人を見送っては、青年と俺。二人、男だけが取り残される。

「そんじゃ、あいつらが戻ってきたら、俺達はあっち行くな」
「ちょっと、俺達が来た早々それなの?」
「おっさんこそ、野暮なこと言わせんな」
「……あんたも、ほんと苦労するわね」
「おっさんほどじゃないけどな」
「まあ、いいわ。あの子達帰ってくるまで……あれ?ジュディスちゃん?」
「おい……フレンか?」

青年と立ち話していた人混みの中、どうみたって目立つ美人が歩いてるんだもの。しかも、その隣に気が付いた青年も、振り返っていた。あっという間に人波に消えていったけれど、見間違いじゃないわ。あの二人、まあ、そういう訳でしたか。嬢ちゃんと青年じゃないけど、あの二人もああ、やって並んでいると絵になるだものねえ。そういうご関係だったのね。

「なあ、あいつあら」
「ほーそういうことでしたか」

青年と二人して、意地の悪い笑みを浮かべていたけれど。まさか、あの美女を手にしたのが品行方正なあの元生徒会長様だとは、青天の霹靂並だけど。ただ、俺も人の事言えないか。

「何、二人してニヤニヤしてんのよ」
「そうです?」

嬢ちゃんとリタっちがこれでもかと両手いっぱいに食い物を買ってきてたけど、それを見た途端に、青年は「そんじゃ」と嬢ちゃんの腕引っ張って消えていた。まあ、取り残されるのは何時もの事なんだけどさ。

「……やっぱりね」
「……やっぱりだよね」

二人して、肩を落とすけど、リタっちが抱えているホットドッグだの、缶コーヒーを受け取っては、俺達も場所を移していた。
少し離れた場所っていっても、人の波があるから、それなりに騒がしいけれど、みんな夜空を今か今かと待ち構えている。俺達も適当に食べ終えては、その時間を待つばかり。

「こうして迎えるなんて不思議よね」
「そうでもないでしょ?去年だって……でも、ないか」
「そういうことよ」

くすくす、と微笑んでいるリタっち。そうでした。去年までは、何だかぎこちな雰囲気だったものね。お互いの気持ち、知りながら隠してたんだもの。そして、一昨年よりも、去年よりも長くなった髪が揺れて艶やかに、柔らかな笑みを浮かべている。それが綺麗だからさ。思わずって、こういう時ふとその唇が欲しいなんて思うんだけど、外だった。ついつい気が緩んでしまう。
まあ、でもいいか。 唇に今年最後のキスを頂いちゃいました。

「ほんと、油断すると……」

俺の突飛な行動に、リタっちが頬を染めて睨んでくるんだけど、仕方ないでしょ。可愛い彼女なんだもの。

「えーと、まあ。そのねって、カウントダウン始まったか」

夜空に響く、新年への声。色んな思いが込められているんだろうな。俺だけじゃなく、リタっちも、そして、あいつら、皆、其々が。
俺の横でリタっちもその声に合わせている。小さな声だけど、ハッキリと聞こえてくる。そっと片手でリタっちの手を握ってた。そんな俺に吃驚する訳でもなく、しっかりとした力で握り返して来てくれる。

「ハッピーニューイヤー」

アナウンスからそんな声が聞こえた瞬間。夜空に打ち上がる花火。暗い波間にそれは消えてゆくけれど、澄んだ夜空に打ち上がる花火は何度も俺達を色々な色で照らし出している。

「あけまして、おめでと、リタっち」
「おめでと、レイヴン」

だから、それ卑怯だって。名前を呼ばないの。もう、吃驚しちゃうでしょ。だからっていうんじゃないけれど、引き寄せられるように、その唇を重ね合わせていた。
リタっちは驚いた感じだったけれど、ほんの軽く触れるだけだから。すぐに唇は離したじゃない。

「あ、ああのね!」
「いいじゃない。周りだってそんな感じよ」

だってね。もっと濃厚なキスしてる連中の多いこと。目の毒だけど、こんな時ぐらいは、まあ、いいんじゃないって俺も随分と余裕があるもんだわ。それを告げたら、リタっちも目にしてたみたいで、真っ赤になってる。まあ、そうだよね。何だかんだでウブな子だから。

「……おっさん」
「もっとしたい」
「はあ?な、何いいだすの……んっ……」

だからじゃないけれど、リタっちの肩を抱き寄せて、もう一度。新年二回目ってまた、俺もお盛んだけれど、リタっちもその場の勢いに流されてたのか、すんなりと受け入れてくれてた。柔らかい唇は、少しだけ冷えていたけれど、俺の方が寒がりだから、丁度いいのよ。小さな身体を抱きしめていた。どうせっていうと言葉は悪いけれど、誰も気が付いてないから、大胆すぎるとは分かっているんだけど。それに、リタっちだって俺のコートに縋りついて来るんだもの。そういう必死さが、ね。たまんないの。

まだ打ち上がる花火が、リタっちの瞳に映し出されている。当然、俺も映り込んでいる。最初で最後の瞬間が、こうして迎えられたことに感謝しなきゃいけないか。にやりと笑って見せたら、急に怒り出してる。

「バ、バカっぽい!」

真っ赤どころか茹であがっているけれど、こんな時だから俺の我儘ぐらい、大目に見てよね。
おっさん、随分と幸せ者になってるから、自惚れてんの。 新しい年を迎える瞬間、リタっちが隣にいることで、俺自身もなんだか新しくなっているようでね。幸せなのよ


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